神の言葉はとこしえに立つ(マルコ6:14-29) 20241208
- 金森一雄
- 2024年12月8日
- 読了時間: 8分
更新日:2024年12月9日
本稿は、日本基督教団杵築教会における2024年12月8日待降節第2主日礼拝の説教要旨です。 杵築教会伝道師 金森一雄
(聖書)
イザヤ書 40章1~8節(旧1123頁)
マルコによる福音書 6章14~29節(新71頁)
1.洗礼者ヨハネとヘロデ
本日、私たちに与えられた聖書箇所は、マルコによる福音書6章14~29節で、冒頭の小見出しに「洗礼者ヨハネ、殺される」と書かれています。
洗礼者ヨハネは、マルコによる福音書1章の最初に登場していました。主イエスは、ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けられました。
洗礼者ヨハネは、イザヤ書40章(旧1123頁)の預言を引用して、神のための街道を「まっすぐにせよ」と人々に語り掛けて、悔い改めを求めていました。
主イエスの御降誕の時に登場したヘロデ大王と今日のマルコによる福音書で洗礼者ヨハネと関わったヘロデとは、違う人です。ヘロデ大王の息子の一人です。ヘロデは名ではなく姓なのです。
主イエスご降誕当時のユダヤは、ローマとの協調関係を構築しており、ヘロデ大王がユダヤの王として認められていました。ヘロデ王朝を創設して、エルサレム神殿の大改築を含む多くの建築物を残した歴史上有名な人物でした。
ヘロデ大王にとっては、旧約聖書に書かれている救い主メシアが到来することは、自分に代わる新しい王が誕生することとなりますから、その可能性があると考えることは、すべて潰してしまおうとしていました。
主イエスが誕生された時の出来事として、マタイによる福音書の2章(新2頁)には、占星術の学者(博士)たちの訪問、幼子イエスの家族のエジプトへの非難とナザレへの帰還、2才以下の男の子の皆殺しの物語が、書かれていますが、それらすべてについて、ヘロデ大王に責があることとして悪者扱いされています。
また、ヘロデ大王は、幾度も結婚しています。晩年には猜疑心が大きくなり、身内に自分の失脚を謀っている者がいると思い巡らして、自分の妻や息子にまでもその嫌疑を向けて次々に殺しています。「ヘロデの息子になるよりヘロデの豚になる方が安全だ」と、ユダヤの諺にまでなっているほどです。
ヘロデ大王の死後、遺言に従って三人の息子、ヘロデ・ アルケラオス、ヘロデ・フィリッポスおよびヘロデ・アンティパスが後を継いでいます。ヘロデ大王の遺した領地を分割支配することになりましたが、この三人には王という呼称をローマから与えられていません。領主という称号が与えられました。
これ以降、新約聖書に出てくるヘロデとは、ヘロデ大王の後継の三人の内の一人のヘロデ・アンティパスのことです。聖書の中では、「領主ヘロデ」あるいは「ヘロデ」「ヘロデ王」と入り交じった表現で書かれています。
ヘロデ・アンティパスの妻としてここで登場しているヘロディアは、前夫フィリポを見限ってヘロデ・アンティパスの妻を追い出してヘロデ・アンティパスと結婚したのです。
フィリポとアンティパスは共にヘロデ大王を父とする腹違いの兄弟なのです。このように、ヘロデ大王から始まったヘロデ家一族の婚姻関係はメチャクチャでした。
洗礼者ヨハネの真実を追究する言葉は、厳しいものでした。
それは、当時のユダヤの領主であったヘロデ大王の息子ヘロデ・アンティパスに対しても同じでした。権力者を例外扱いとせず、はっきりと悔い改めを求めていたのです。この時代に、人々の生き死にを握っている領主を批判するということは、命懸けの行動でした。
2.実は
マルコによる福音書6章17節には、実は、と言って洗礼者ヨハネが殺害された経緯が書かれています。
18節で、洗礼者ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」と言ったと書かれていますので、ヘロデ・アンティパスとへロディアの再婚についてヨハネが批判していたことが分かります。腹違いの兄弟とはいえ、また共に既婚者であったのに、共に離婚して再婚したのですから大問題です。
この地での主イエスの活動によって、また十二弟子の伝道によって、主イエスの名が広まったタイミングで、洗礼者ヨハネが、かつてヘロデ・アンティパスに向けていた批判、神の言葉が再び現れました。
14、15節には、「イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。」と書かれています。
そして16節には、こうした人々の言う話を聞いて、ヘロデは、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と感じた、というのです。
そして17節から「実は」と言って、ヨハネ殺害のことが語られているのです。ここで私たちには、洗礼者ヨハネは既に殺されていたことが知らされるのです。
3.ヘロデとへロディアの思惑
19節に、「ヘロディアは洗礼者ヨハネを恨み、ヨハネを殺そうと思っていたが、できないでいた」と書かれています。
20節には、ヘロデについて、「ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた」と書かれています。
洗礼者ヨハネの悔い改めを迫る批判の言葉には、神の言葉として、愛と慈しみがあったのでしょう。だからこそヘロデは当惑しながらも、喜んでその言葉に耳を傾けていたのです。
それは、批判している洗礼者ヨハネが明らかに真実の人であり、また真に善良な人であったからでしょう。
29節には、洗礼者ヨハネの弟子たちに、ヨハネの遺体を引き取り、墓に納めることが許されたことも書かれています。
一方では、22節の後半で、ヘロデは、踊りをおどってお客を喜ばせた娘に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう。」と言い、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう。」と固く誓ったと書かれています。とんでもない軽口を叩いているのです。
そして24節では、「娘は母親ヘロディアに、「何を願いましょうか」と言うと、母親は「洗礼者ヨハネの首を」と言った。」と書かれています。ヘロディアは、ヘロデの誕生日のお祝いの席を利用して自分の娘を使って、ヨハネを殺害したのです。
ヘロデは、不本意だったかもしれませんが、事の成り行き上、神の言葉を抹殺しようとする妻ヘロディアの策略に加担することになるのです。一見、つかみどころがないように思える領主ヘロデですが、洗礼者ヨハネの批判を神の言葉として受け入れなかったが故の結末に至ったということです。
3.神の言葉はとこしえに立つ
本日、私たちに与えられた旧約聖書は、イザヤ書40章です。ここからは、第二イザヤ書となります。
1、2節には、イスラエルの国は滅ぼされ、国の主だった人たちが異国の地に連れていかれる「苦役の時」が書かれていました。
2節後半には、「罪のすべてに倍する報いを、主の御手から受けた」という恵みの言葉が書かれています。
そして3節で、「呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。」と続きます。
異国の地に連れ去れたイスラエルの人たちにとっては、目の前に荒れ地、道なき砂漠が広がっていて、帰還しようとしても帰れない状況にある様子が書かれています。
しかしそのような状況の中で、神の声が響き渡ります。「荒れ地に広い道を通せ」という主の言葉によって、イスラエルの民の帰還のための道が拓かれるのです。
そして、7、8節で、「草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。」と、主が宣言されています。絶望的な状況の中で、イスラエルの民を慰める言葉が聴こえて来たのです。
4.洗礼者ヨハネと主イエス・キリスト
あらゆるものは朽ち果てます。洗礼者ヨハネも命を取られ、その存在が消されてしまいました。しかし神の言葉は消え去ることがなかったのです。
洗礼者ヨハネは、真理のために生き、真理のために死んだ人です。神の声を人々にもたらす人は、人々の良心として働きかけます。
神の言葉には、人々を変える力があるのです。
戸惑いを喜びに、絶望を希望に、罪を赦しに、変える力があるのです。
洗礼者ヨハネは、キリストが来られるための道備えをした人です。
洗礼者ヨハネがこのような自分の命をかけて生き、その結果抹殺されてしまったことによって、キリストも同じような道をやがてたどっていくことが指し示されているのです。
キリストは十字架で抹殺されましたが、主イエスの存在を煙たがる人たちが主導して十字架の出来事が引き起こされたのです。
しかし主イエスの言葉を、抹殺することはできません。そして、キリストの復活を信じた者たちが教会を形成していきます。
教会だけではなく、多くの学校や施設がキリストの名において建てられていきます。
そのようにして、あらゆるところに神の言葉が響き渡っていくのです。
「神の言葉は、とこしえに立つ」のです。
神の言葉は抹殺されることなく、いつの時代でも聴くことができるのです。
人々はその言葉を聴いて、大いに戸惑うこともあります。大いに戸惑うというのが、神の言葉の聴き方なのです。

Comments