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ゲッセマネの祈りから

  • 執筆者の写真: 金森一雄
    金森一雄
  • 2020年8月21日
  • 読了時間: 18分

更新日:2024年7月12日

本稿は、2020年8月21日の東京神学大学での説教学のレポート提出課題としてまとめたものです。金森一雄




マルコによる福音書14章32~42節

一同がゲツセマネという所に来ると、イエスは弟子たちに、「わたしが祈っている間、

ここに座っていなさい」と言われた。

そして、ペトロ、ヤコブ、ヨハネを伴われたが、イエスはひどく恐れてもだえ始め、

彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」

少し進んで行って地面にひれ伏し、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、

こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」

それから、戻って御覧になると、弟子たちは眠っていたので、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。わずか一時も目を覚ましていられなかったのか。

誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」

更に、向こうへ行って、同じ言葉で祈られた。

再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。彼らは、イエスにどう言えばよいのか、分からなかった。

イエスは三度目に戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。

もうこれでいい。時が来た。人の 子は罪人たちの手に引き渡される。

立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」



1.はじめに


 アカデミー賞監督であるメル・ギブソンが私財 2500 万ドル、構想 12 年を経て製作した映画で、 2004 年に全米初登場、観客動員数第 1 位の大ヒットを記録した『パッション』という映画をご存じでしょうか。イエス・キリストが十字架刑に処せられるまでの 12 時間の受難(パッション)とイエス様の復活を描いた映画で、残酷な拷問シーンに失神した人も多く出たという衝撃的な作品でした。



 イエス・キリストの受難と復活を忠実に表現する映画に仕上がっているといわれていた『パッション』のオープニングで、過越の祭の満月の明かりに照らされながらイエスが夜の闇の中で苦しみ悶える様子と大きな白い蛇が映し出され、「人間の暗闇」と「イエス様の祈り」そしてサタンを象徴する画像に引き込まれていきました。映画を見ているわたしは、さすがにアカデミー賞受賞監督が考え出したシナリオはすごいものだと感動を覚え、そして、そういえば確かにイエス様が十字架上で死を迎える 12 時間前にゲッセマネの祈りの出来事があったのだと確認させられました。

 ところで、ゲッセマネとはアラム語でオリーブの油搾りという意味です。エルサレム神殿の東門の先には、小さなキドロンの谷をはさんでオリーブが群生して植えられている山があります。マルコは福音書で、その山をオリーブ山(14章26節)と呼び、その山麓付近の園をゲッセマネという所(14章32節)と記していますので、そこから「オリーブ山」と「ゲッセマネ」という名がつけられたことになります。

 世界中に人名や地名をつける際には、その人やその地の状況を踏まえて決められることが多く見られます。日本でも、田中さんなら田んぼの中に住んでいたとか、橋下さんは橋の下に住んでいたのでしょうし、東京もそうです。明治維新によって、1868年4月1日江戸が東京と改称され、東京都として京都との東西両京体制でスタートしたのが始まりで、今では世界に知られるTokyoとなっているのです。

 話をもとに戻しましょう。今回わたしは、このゲッセマネの祈りの聖書箇所から、次の三つの視点から整理してお話を進めていこうと思います。 第一点は、聖書全体の中でこのゲッセマネの祈りの聖書箇所はどんな意味があるのかという点です。第二の点は、イエス・キリストのこの祈りとはどのような意味があるのかという点です。そして、第三の点は、今を生きるわたしたちはここから何を学ぶのかという点です。


2.『最後の晩餐』から『ゲッセマネの祈り』


 それでは、本題に入ります。第一点として『ゲッセマネの祈り』は聖書の中で、どのような背景がありどのような意味があるのか、という点を確認しておきたいと思います。

 

 イエス様の生涯最後の一週間について、ヨハネによる福音書とマルコによる福音書に詳 しく書かれています。はじめの二、三日は、マリヤとマルタの姉妹とラザロが住んでいたベタニアの彼らの家(エルサレムから東に 2km )に滞在されていました。イエス様は、ここベタニアからエルサレムに入り、宮に行って、夜になるとオリーブ山を越えてまたベタニアに戻っています。


 当時のエルサレムの人口は4万5千人程度でしたが、過越の祭や5旬節、仮庵の祭りには、15万人から20万人もの人が集まり、エルサレムの町は信じられないほどごった返しており、周辺の谷間にはテントや仮小屋が立ち並んでいました。


 その頃、マルコによる福音書14章1、2節に記されているとおり、祭司長たちや律法学者たちは、計略を用いて人々から注目を集めるイエス様を捕らえて殺そうと考えていました。彼らは、後ろめたさを感じていたのでしょう。民衆が騒ぎだすといけないから、祭りの間はやめておこうと話し合っていました。人間の暗闇の世界でイエス殺害計画が進められていたのです。



 イエス様が十字架にかけられる前日の木曜日になると、事態が一変します。

 イタリアのミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グッラツィエ教会にある、世界遺産として登録保存されているレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の壁画をご存じだと思います。過越の食事会の席で、イエス様は弟子たちの足を洗い、パンと葡萄酒を取って賛美と感謝の祈りを唱えて弟子たちに渡されました。


 そして、弟子のうちの一人が自分を裏切ろうとしていると語ります。イエス様はユダに「しようとしていることを、今すぐ、しなさい。」(ヨハネ13章27節)と語ります。他の弟子たちは、ユダが金銭出納担当だったので、貧しい人に何か施すようにと、イエス様がユダに指示を出したと思ったようです。それからユダはこの『最後の晩餐』の席から立ち去ります。


 ユダが出て行った後、ヨハネによる福音書の17章まで、ペテロがイエス様を三度知らないという離反予告の話や皆に聖霊を与える約束など、弟子たちに対するイエス様の重要かつ深遠な教えが述べられ、人々の執成しをする祈りが続きました。


 この『最後の晩餐』は、過越の食事だったと思われますので、当時の風習からすれば真夜中から午前2時までの間には終了していたと思われます。そして『最後の晩餐』を終えて、イエス様と弟子たちはキドロンの谷の先のオリーブ山へと向かって行ったのです。


 午前3時頃となったのでしょう。一同がゲッセマネに着くと、イエス様は弟子たちに「わたしが祈っている間、ここに座っていなさい」(マルコ14章32節)と告げます。そして、イエス様はペトロとヤコブとヨハネを伴って園の奥に入って行き、「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、目を覚ましていなさい。」(マルコ14章34節)と言われました。


 それからイエス様一人の壮絶な祈りが続きます。「できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るように」「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取り除いてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ14章35、36節)というものでした。


 『最後の晩餐』からずっと、イエス様の多くの深遠な教えを聞いていた弟子たちは、その疲れのためか、ゲッセマネの園にある適当な木や寄りかかるのにふさわしい場所を見つけて眠ってしまったのです。



3.ゲッセマネの祈りの意味


 続けて、第二の点として、イエス・キリストのこの祈りとはどのような意味があるのか、ということについて三つの観点からお話します。


(1) ペトロとヤコブとヨハネの三人を伴ったこと


 イエス様がゲッセマネでの祈りをする際に、最初になぜペトロとヤコブとヨハネを伴って園の奥に入って行ったのかということを整理しておこうと思います。


 イエス様がこの三人だけを伴われるということは、これまでにもありました。

 会堂長ヤイロの娘に「タリタ・クム」と言われて死の床から起きあがらせた時も、この三人だけがイエス様のそばにいて(マルコ5章37節)、それを目撃しています。また、山上の変貌と言われる出来事があった時もそうでした。イエス様はこの三人だけを伴ってヘルモン山に登られました(マルコ9章2節)。頂上にくると、イエス様の服は真っ白に輝きはじめ、モーセとエリヤが出現してイエス様と親しそうに語り始めました。


 いずれも神様とイエス様ご自身が特別な関係にあることがあらわにされる時でしたが、直接目撃することが許されたのは、やはりペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人だけでした。それでは、ゲツセマネにおいて、この三人の弟子が格別に召し出されて目撃したイエス様の姿はどうだったでしょうか。


 栄光に輝く姿というよりも、憂い悩み、苦しみもだえ、目前の十字架に恐れおののく人間としての姿でしたが、同時に、アッバ、父よ、とイエス様が天の神様に祈る姿でした。マルコはその時すぐそばにいたペトロから、何度もこの話を聞いていたのだと思います。「アッバ」とは、「お父さん」という意味で、イスラエルの家庭で、幼子が自分の父を深い信頼を込めて呼ぶ時にだけ使われる言葉です。天の神様に対して「アッバ」という親し気な言葉を用いて祈ったのは、イエス様が初めてでしょう。


 そして今日、私たちはイエス様を通じて「父よ」と祈っているのです。このように御子は自分の父に完全に信頼し切っており、御父と御子は御霊において一つになっているのです。教会の三位一体の教理は、この時のペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人を伴ったイエス様の祈りから出てきているのです。別の見方をすれば、ペトロとヤコブとヨハネが伴われていなかったとすれば、私たちは山上の変貌についても、ゲツセマネの祈りについても、今日何も知り得なかったのかも知れません。


(2) 「この杯」の意味


 次に、わたしたちは、イエス様の十字架の出来事が何のためなのかと、改めて考えなければなりません。イエス様がなぜ十字架にかかられたのかについては、イザヤ書53章6節に、「そのわたしたちの罪をすべて主は彼に負わされた。」と記されています。それは「神の怒りの杯」(すなわち神の罰)をイエス様が私たちの身代わりとなって受けてくださるためでした。本来、神に背いてきたわたしたちが、神の怒りの罰を受けなければなりません。本当はわたしたちが十字架につけられて死ななければならなかったのです。


 聖書ではこの苦悩を「この杯」と表現しています。「この杯」が意味することは、わたしたちの誰も知り得ない本当の死の恐怖、被造物として神様に造られた存在である者が一切のかかわりを絶ち切られるという地獄の苦しみ、を受けることを意味しています。いったい誰がそれに耐えることができるでしょうか。これが、人となられたイエス様が受けるべき「杯」で、イエス様の受難に凝縮されているのです。


 ヘブライ人への手紙2章には、次のように記されています。

「ただ、『天使たちよりも、わずかな間、低い者とされた』イエスが、死の苦しみのゆえに、『栄光と栄誉の冠を授けられた』のを見ています。神の恵みによって、すべての人のために死んでくださったのです。」(ヘブル2章章9、10節)

「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを 助けることがおできになるのです。」(ヘブル2章18節 )


 イエス・キリストにとって十字架にかかるという使命を全うするためには、父なる神様への祈りなしにはできなかったのです。イエス・キリストは三位一体の神様であるけれども、同時にわたしたちと同じ弱い人間性と脆さを身にまとっていたのです。そして十字架という最大の「受難」が待ち受けていたのです。



(3)御心に適うことが行われますように


 「しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ14章36節b)という祈りは、キリスト者たちの祈りの基本です。オリーブ山のふもとのゲッセマネといわれる園を訪れ、その隣にある万国民の教会を訪問しました。祭壇の前に私たちの祈りのお手本として、この祈りの言葉が置かれていました。私たちは、神様にお祈りをするときに、とかく自分の願い事を中心にしたくなるのですが、キリスト教の祈りはそうではありません。物事が順調に進んでいると思えるときも困難を覚えるときも、今の自分がどうすべきかについて神様の御心を尋ねて問うことが祈りの基本です。


 「神様、わたしの願いを聞いてください。ああしてください。こうしてください。」と祈ることは大切なことです。わたしたちの神様は全能の神様ですから、何でもお願いしてもよいのです。しかし同時に忘れてはならないのは、神様の御心を尋ねる祈りの大切さです。それは、「神様、わたしはどうすればよいのでしょうか、教えてください。」という祈りです。神様の御心に自分は従いますから、わたしがどうしたらよいのかを教えてください、と尋ねる祈りであり、自分が神様に従うことを前提にして祈ることなのです。


 イエス様がここで祈られたのは、そのような祈りで、父なる神様に答えを求める祈りです。十字架という神様の裁きの杯を、本当に飲むべきなのか、神様に答えを求めて祈っておられるのです。ですから、イエス様は神様の御心に従うことを前提に、父と子という親密な関係でアッバ、父よ、と呼びかけ、本当に十字架という神様の差出した杯を受けるべきなのかどうかについて、その答えを求めてギリギリまで父なる神様の御心を尋ねて祈っておられたのです。


 しかし、父なる神様の前で子なる神様であるイエス・キリストが何故、そんなに恐れなければれなければならないのか、何故そんなに深く悲しみ苦しむのか、イエス様の「受難」についてわたしたち人間がどんなに思いを巡らせても、その全容について正確に語ることができないのではないかと思います。それほどまでに厳粛なものであり、また神秘に満ち満ちていると思うのです。ただ、三位一体の神様であるイエス・キリストは、このとき完全に人となってくださっていたことが分かるのです。


 イエス様は神様の御心はこれしかないということが明らかになったとき、全てをかけて神様に従う自分の心を言い表します。それが、「しかし、わたしが願うことではななく、御心に適うことが行われますように。」(マルコ14章36節)という祈りです。イエス様がわたしたちに示してくださった姿は、神様がそのように求められ、そう命じるのなら、喜んで従います。前進しますというものでした。




4 .今を生きるわたしたちは何を学ぶのか


 第三の点は、この聖書箇所から今を生きるわたしたちは何を学ぶのかという点について、三つの観点からお話を続けます。


(1)自分の肉体の弱さを知ること


イエス様の祈りに対し父なる神様の答えはどのようなものであったでしょうか。眠りこけている弟 子たちの姿、これが父なる神様が示された答えでした。祈られる前にイエス様が「ここを離れず、目を覚ましていなさい。」(マルコ 14 章 34 節)とおっしゃったのに、祈り終えてイエス様が弟子たちの所に戻られると、弟子たちは眠っていました。そして再びイエス様が祈りに行かれて戻ってこられるとまた弟子たちは眠っていた。3度目も同じでした。(マルコ 14 章 40 、41 節)


 その中でイエス様が、「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」(マルコ 14 章 38 節) と、何度起こしてもまた眠っている弟子たちに語られました。ここで、「肉体」と訳されている原語「サルクス」という言葉の意味は「肉」です。肉体は神様が造ってくださったもので悪いものではありませんが、わたしたちは肉に弱いのです。


 ヨハネ 1 章 14 節では、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。」とイエス様の受肉につて記しています。ここで「肉」と訳されている原語も「サルクス」です。イエス様は肉体という弱さをまとわれていました。イエス様は人としてこの世に宿り、わたしたちと同じように、この弱さと戦いながらゲッセマネの祈りに入られたのです。


 使徒パウロがローマの信徒への手紙で書いています。「わたしは、自分のしていることが分かりません。自分が望むことは実行せず、かえって憎んでいることをするからです」(ローマ 7 章 15 節)。心は燃えていても、肉体が弱い。それゆえ神様に従うことができない。それが罪というものです。

 こんなにも大きな罪を犯していることを自覚できないわたしたちのために、もだえるようにして祈ってくださるイエス様の愛に気付かず、眠り込んでしまう人間の姿。人間として感じられたイエス様の孤独はどんなに深いものだったかと考えると本当に悲しくなります。


 ゲッセマネで、人間が眠りこけている状況の中で、イエス様は一人目を覚まして祈り続けてくださったのです。天の神様をアッバと呼び、御心を尋ねてそれに従う、この祈りがなかったなら、わたしたち人間が望みをもってこの地上を生きる道は開かれなかったことを肝に銘じなければならないと思います。




(2)イエス様の愛とわたしたちの救い

 わずかな時間でも、イエス様と共に目を覚まして祈っていることのできない弟子たちの姿をイエス様はご覧になりました。このような人間を救うためには、神様の御子である自分が十字架にかかって神様の罰を受けて身代わりとなって死ぬしかないということを確認したのです。一見、イエス様は、弱く、みすぼらしく、そして無力な姿に見えますが、ここでイエス様の祈りは突き抜けたのです。

 ヘブル人への手紙で、次のようにわたしたちに伝えています。

「キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流し ながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う 態度のゆえに聞き入れられました。キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり、神からメル キゼデクと同じような大祭司と呼ばれたのです」(ヘブル5章7~9節)。

 しかし、ここでもう一つの謎があります。それは「キリストは御子であるにもかかわらず」と書かれていることです。イエス様は、神様の御子です。神様に捨てられなければならないようなことは、何一つ身に覚えのないお方です。三位一体の神様です。それなのにどうして、イエス様は十字架に死に、一度は神様に見捨てられることにならなければならなかったのでしょうか。

 この苦い杯を人類に代わって最後の一滴まで飲み干すことが、父なる神様のご意思です。

しかしイエス様は、一人の人間としては、「出来ることなら、この杯をわたしが飲まないでもよいようにしてください」、という赤裸々な気持ちを、ありのままに訴えています。つまり、イエス様の十字架上の死は、本当の人間の死であり、罪人が神様の怒りと裁きを受けて死ぬことでなければいけなかったのです。

 世のいわゆる宗教家と呼ばれる人たちは、死を少しも恐れないからこそ尊敬されます。キリスト教の殉教者たちのことを考えてみても、彼らは皆、イエス様を信ずるがゆえに敢然として死に向かっていきました。それでは、イエス様は、御自分を信じて死んだ無数の殉教者たちや聖人たちよりも、人間として劣っていた、ということになるのでしょうか。そんなはずはありません。

 宗教改革者ルターは、この死の恐怖に悶えて苦しむイエス様について、「かつてこの人間ほどに、死を恐れた人は居なかった」と言っています。そして、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至る まで従順でした。」(フィリピ2章6~8節)という聖書箇所が、わたしたちの心に突き刺さってくるのです。

 イエス様は、神様の御子として御座を離れ、真の人間となり、わたしたちの罪の身代わりとして死んでくださるという愛を示してくださいました。それが十字架が意味するところです。それは、わたしたちのためなのです。罪なき神様の御子が罪人の友となり、罪人と共に神様に捨てられて死んでくださいました。ですから、わたしたちが原罪を持ちながら死んでも、なおイエス様につながっていることが大切なのです。イエス様につながっているならば、イエス様と共に生きるようになる。これがわたしたちの救いなのです。 



(3)わたしたちのミッション


 イエス様は、ペトロたちの裏切りの話を語っていましたが、同時に、あわれみのご計画のうちに回復の道も備えてくださっていました。そして、復活されたイエス様は、後にガリラヤで再度ペテロを召命するときにこう語っておられます。「はっきり言っておく。あなたは、若いときには、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる」(ヨハネ21章18節)。そしてさらにこう言われたのです。「わたしに従いなさい」(19節)。


 このことは、わたしたちに一条の光を投げかけられているのです。イエス様は、弟子たちを見限らなかったように、わたしたちをも見限ることをせず、目を覚まして本来の使命を果たしてほしいと、今もわたしたちに願っておられます。


 わたしたちは、生きていく中で、神様からも人からも見捨てられたと感じる経験をすることがあるかもしれません。神様を信じられないという心境になることもあるでしょう。そして、孤独と不信の闇が自分を包み、心が引き裂かれたような気持になることもあると思います。わたしたちが気乗りするしないにかかわらず、御心に従うことを選びとらなければならないことがあります。


 しかし、わたしたちを従わせる力は、イエス様の十字架の愛です。また、御心に従うには祈りが欠かせません。常に御心を選択できるように祈り、御心に背く誘惑から守られ、御心に従って生きることができるよう祈っていきたいと思います。


 聖書は、「高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ローマ 8 章 39 節) と語っています。


 わたしたちの周りでは、今日も、声にならない声が溢れていますが、いまも、ゲツセマネの園で苦しむイエス様の声が聞こえてくる気がします。イエス様は、決して消え去ることのない神様の愛をわたしたちに伝えてくださいました。わたしたちの心の奥深くに、消えることのない光をともしてくださいました。そして、どのよ うなときも、イエス様が共にいてくださるのです。


 わたしたちが他の人々の痛みを受け、悲しみを理解しようとすることが、イエス様の苦しみを受け止めることにもつながっているのだと思います。そして、わたしたちが、この世の闇の中のともし火として用いられていくことができますように、互いの悲しみや痛みを受け止めていくことができますようにと祈ります。


 
 
 

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