野口幸子牧師 聖霊を受けていますか?(コリントⅠ12:4-11)20260628
- 野口幸子

- 6月28日
- 読了時間: 9分
更新日:7月8日
本稿は日本基督教団杵築教会における2026年6月28日聖霊降臨節第6主日礼拝の説教要旨です。
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(聖書)
コリント信徒への手紙第一 12章4-11節
(説教)
私は2013年に受允を受けまして補教師となり、津久見教会の担任教師となり、当時無牧の佐伯教会より主任教師として、来てほしいとのお話があり、お隣りでもありますのでお受けして、野口春夫教師を協力教師として、始めたわけです。ですから、長い事、皆様と同じ席に座っていた者です。どうしてそうなったかは、後でお話したいと思います。
大分地区には20教会ありますので、一人の教師が地区一斉交換講壇ですべての教会の礼拝を守るには、20年かかるわけです。2周目は無いと思ってましたが、不思議な巡り合わせで、杵築教会での礼拝は2回目になります。補教師となってすぐの2013年6月23日初めての交換講壇礼拝と他所の教会での説教を致しました。その時は、名誉牧師の吉新治夫牧師、伝道師の工藤俊一牧師と吉新 緑牧師の時でした。工藤先生は9月に正教師受験という時でした。かけだしの私をも受け入れて下さり緊張しつつ御言葉を語り良きお交わりをさせて頂きました。
その時の一つの反省は、6月23日は沖縄戦が終わった慰霊の日でしたのに、私は一つも触れていなかったのです。その時の献金奉仕の方が、慰霊の日を入れたお祈りをされました。あっ、私は大事なことに触れなければいけなかったと反省したわけです。
さて、先週の23日火曜日が沖縄慰霊の日でした。当時、アメリカ軍、日本軍の両方から逃げないといけない。捕まるくらいならと家族で自死したり、崖から海に飛び込んだり、自分だけ生き延び懺悔の生活をし、心に身体に傷を抱えて生きている方もおられます。今は、お話する大事さを感じて来られて、語り部として若い方に話されて行く様になって来ています。
今年は沖縄市辺野古沖での平和学習中の同志社国際高校の2年生の武石智華(ともか)さんと船2そうの内の1そうの不屈丸の船長金井創牧師(佐敷教会)のお二人が亡くなってしまうという悲しい出来事がありました。これをきっかけとして、いろんな問題へと発展していき、平和への学習や活動の後退が心配されます。
私たちが所属する日本基督教団と沖縄教区の問題も出てくるわけです。沖縄がアメリカから返還されたのは1972年5月15日です。強い教団と小さい沖縄教区が共になって主の御用のために一緒になるのが普通だと思います。会社の合併吸収の事を考えてみて下さい。私にもわからない複雑な事があるとは思いますが、悲しみを乗り越え、喜びと共に仲間に戻って来られたのですから、温かく迎え共に主のために働くべきだったと思います。
現実は、そうではなかったのです。また、日本基督教団という名前の変更も考える時があったようですが、そう言う訳には行かず、今は距離を置くという状況です。困難な中で九州教区は共に歩みたいと沖縄旅行を計画したり、教区総会に参加したりしています。イエス様は小さくされた方のそばにいて下さるお方です。難しい問題ではありますが、主イエス様ならどうされたかを考えて沖縄の問題を考え戦争のない世の中になるように祈り、出来る事を考えて行きたいものです。
さて、5月24日にペンテコステ 聖霊降臨日を迎えて、聖霊についての金森一雄先生やお出で下さる先生方から説教を聞いておられるでしょうが、さらに私なりの御言葉を語って行きたいと思います。子ども讃美歌の改訂版の94番に「ふしぎなかぜが」というのがあります。「ふしぎな風がびゅうっとふけばなんだかゆうきがわいてくる~」という讃美歌を初めて堀澄子さんより教えて頂きました。私達には神さまも御子イエス様は目には見えませんが、いつも一人にはしない、あなたがたに助け主として聖霊を送り出すと言っておられます。聖霊もこれまた見えるものではありません。
しかし、ルアッハ(Ruach)は、旧約聖書のヘブライ語で息、風、霊を意味する言葉です。
息と言えば、創世記の初めには天地を創造して下さった神さまの事が書かれています。
そして、2章7節にこうあります。「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。」とありますように、私達、人間の生きて行く源を吹き入れて下さいました。寒い冬に息を手に吹きかけますと白い息が見えます。
又、今から暑くなると暑さをしのぐ風を求めます。今、二つの台風がやって来ようとして、去って行った様です。台風のように激しい風もあります。津久見教会は冷房がありませんので、扇風機の風で暑さをしのぎます。午後3時からの佐伯教会に行きますと冷房の涼しい風が吹きホットひと落ち着きます。風や息はこの様に感じようとしますと感じられます。しかし、ふとした拍子に、後ろに誰かいるような気配を感じる時って皆さんには、ありませんか?
この前、国東教会の小深田信昭さんの提案で「召命」について書いて下さいと言われ、各先生方が書きました。それぞれが、神様の力によって聖霊を受けて牧師になって、今その御用をしている訳です。
私は今レトロで有名な北九州市の門司港で生まれ小学2年までいました。イエス様に初めて出会ったのは、門司教会の信愛幼稚園に行った時からです。小さい時は体が弱く泣きながら通園していました。今その頃の写真を見ますと、よくリボンをつけているようです。リボンをつけてあげるから行きなさいと母が付けてくれたのだと思います。そんな私ですが、一人で卒園後も教会学校に門司にいる間は行っていました。
その後、父の仕事の関係で九州内を転居して行き、教会とは離れて行きました。高校の途中でも転校しないといけなくなり、福岡女学院 高等科に編入しました。その試験の時に聞こえたのが讃美歌でした。杵築ご出身の名誉理事長の松原安宏先生にも玉理照子さんのパイプオルガンコンサートでお会いする事が出来ました。
福岡女学院は教会の礼拝出席を勧めて、月曜が休みだった時もあります。私も近くの教会を教えて頂き礼拝に行く様になり、再びイエス様につながる事が出来ました。母教会となった教会は福岡玉川教会という小さな教会で1973年のイースターの礼拝で洗礼を受けました。ですから、幼稚園や教会学校はイエス様と出会う大事な所と思っていますので、大分に来てからの地区のキャンプはほぼ皆勤だと思います。神さまは自分が望みもしなくても、不思議に道を開いて下さるお方です。
私の人生を語る時間はありませんので、どうして神さまの御用をするようになったかをお話したいと思います。
夫の野口春夫教師が60才の定年退職後に若い時の夢を実現するために、西南学院大学神学部に3年編入して、若い方と共に交わって学び2003年に受允を受けました。一家族だけの津久見教会へ就任しました。教会を知って頂くために「教会はここです」の案内看板を出したりして、市民に教会の存在を知ってもらう事から始めました。クリスマスの案内で小学6年の時に妹たちとファミリークリスマスに初めて教会の集会に出席した田中優至(マサミチ)君も今は地区の青年部長に育ちました。
子どもさん達と老人ホームに行き、聖書のお話、紙芝居、歌を一緒に歌ったり、地区教育部のキャンプや三重教会の教会学校と合同の遠足をしたりと充実して行きました。でも、今は神の御許に帰られた方、一家族の方や他の方も転居されたりで、3~4人の礼拝です。今は、お誘いできる会堂とする様に、会堂の改築を進めている所です。そんな小さな教会ですが、賛美の声高く礼拝を守っています。
その中で2011年に大変な自然災害と原発事故の東日本大震災が起こりました。その1年前に野口春夫教師が直腸がんとなり、手術の際にストーマ―という袋をつける印をつけて手術室に入りました。私が待合室で待って居る時に、電話で呼び出しがあり、手術室の中で先生がつけなくて良いようですが、どうしますか?と言われました。「もう仕事はできないかもしれない」と言っていましたので、治るのに時間はかかるかもしれませんが、つけないでやって下さいとお願いし、無事に手術も終わりました。
言われた通り入院は2か月ぐらいかかりました。当時、宮崎に行き伝道したという担任教師の佐野昌弘牧師の説教とわたしの証しや話しなどで教会の事は休みなく続けて行きました。私は神さまに感謝をしていましたが、『ストーマ―をつけず、治ったと感謝だけでいいのですか?』という神さまの声、聖霊ともいえる声が聞こえ、それがわたしの召命と思います。
退院の日に春夫教師に「私、Ⅽコースで受験する。」と伝えるとびっくりしていました。今でも、自分が死ぬから教師になったと言いますが、感謝と献身です。教師になるには神学校に行くのが一番いいのですが、独学で3年かけてとるⅭコースがあると知っていましたのですが、難しい事と思っていました。まさか自分から「受験する」と言い出すとは、考えもしない事でした。決心を変えないように口に出して言っていました。イエス様の御用のために働くという風に押し出されて3年間の受験勉強でした。洗礼を受けると、弱い者でもイエス様が共にいて下さると思うと、不思議に強くなり、困難と思える事も出来るようになるものです。その支えを信じ、必要な学びの友も与えられ、又、隠退して玖珠に住んでおられ、今は天国の小野一郎先生にも事前レポートでは、教えを受ける事が出来ました。ただ、ギリシャ語だけは、毎週月曜日西南学院神学部の聴講生として学びました。順調に2013年に補教師となる事が出来たわけです。
今日集われていますお一人おひとりにも、いつも共にいて下さるイエス様がいますし、聖霊という力が与えられていると思います。洗礼を受けられた方、今から受けるための勉強中の方、堅信礼を受けて今から教会に真剣につながって行こうという方、いろんな方がそれぞれ恵みを受けている風に押し出されているのです。私たちは、背の高い人、低い人、声が高い人、低い人、得意な事などそれぞれの持つタラントは違います。違っていいのです。
皆が牧師だったらだれが説教を聞くのですか?教会にはいろんな事があります。
御言葉を語る人・聞く人、教会のすべてを先生と決めて行かれる役員の方、パイプオルガンを弾く人、お掃除をする人、聖餐式の準備をする人、献花をする人、愛餐会の準備の方 いろいろあります。動くことが出来ないなら、教会や教会のお一人おひとりのためにお祈りできますし、お休みの方にお手紙を書いたり出来ます。元気な方は庭の手入れをしたり会堂の手入れをしたりとご奉仕はたくさんあります。あなた方の出来る事を、聖霊を受けつつなさって下さい。この空間に存在する神様からの聖霊をあなたは感じ受け止めて、恐れずに信じて歩まれて下さい。いつも、聖霊が降って来ていますので、身体全体で受け止める力を持ち続けて行きましょう。
しかし、いつも静かな風とは限りません、突風の風もあるでしょう、凪のような静かな風もあるでしょうが、イエス様は、いつもあなたと共にいて下さり守っていて下さっています。
祈りましょう!
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